読書 三品 和弘 『経営戦略を問い直す』 ちくま新書

三品 和弘 『経営戦略を問い直す』を読む。

”経営戦略を問い直す”
三品 和広 著 『経営戦略を問い直す』

「戦略の目的は長期利益の最大化にある。」
利益は商取引から発生します。その商取引は、売り手と買い手が揃って初めて成立しますが、どちらの側も自由意志の持ち主です。どちらかが一方的に得をするわけではありません。交換に応じることが自らを利すると当事者が判断するからこそ、市場取引が成立するのです。ということは、市場取引が行われる前と後を比べると、売り手も買い手も幸福度が増すはずと考えてよいでしょう。
経済学が経済成長を是とするのは、この理由によります。市場取引のボリュームが増えれば増えるほど、人々の幸福度が増すと考えられるのです。しかも、その陰で誰一人として犠牲になるわけではありません。

「いつでも誰でも戦略」
それなりの頭の良い人が、推論の途中で間違えることは滅多にありません。間違えるとしたら、推論の前提となる仮定の方です。
戦略に関しても、話がおかしくなる最大の原因は、暗黙の仮定にあると言ってよいでしょう。なかでも罪深いのは、「いつでも誰でも」の仮定です。

「戦略の使命」
変わりにくい長期利益、それを10年単位でいかにシフトアップさせていくか、それが本当の戦略だと私は考えています。
本来は安定している水準をいかの上に向かって変異させるのか、または突然の転落をいかの防ぐのか、これぞ戦略を要する難業です。

「何が何でも成長戦略」
しかし、考えてみると、これは何とも奇妙な表現です。「成長戦略」と口にした瞬間、成長が「目的」であると認めることになってしまうからです。企業や事業の規模、すなわち売上高は、本当に自らの意思で伸ばしていくものなのでしょうか。
売上目標が先に立つと、逆説的ですが、顧客が見えなくなります。顔の見える顧客に購入を押し付けるのが理不尽であることぐらい誰にもわかるので、どうしても目標は顔の見えないマスの顧客に向かうことになるのですが、それは「どこかの誰かが買ってくれるだろう」と高を括るようなものです。そこから先は、無責任な数字が独り歩きを始めます。実績が目標に届かなければ、景気を始めとする外部要因にいくらでも理由を求めることができるので、コミットメント(何が何でも達成するという公約)などとはおよそ縁のない世界が現出するのです。
この図式は、新な事業に手を染める場合にも成立します。自らの成長を「目的」とする限り、相手のことは二の次にならざるを得ません。「機」があるのかないのかは、おかまいなし、ひたすら自らの都合のみを押し通す。

私の見たところでは、優れた企業は成長を「目的」としません。目を見張るような成長をとげていても、それはかくまで「結果」に過ぎないのです。「目的」は、実質のあるところにあり、それが大きな価値を生み出すから自然に顧客が集まってくる、その結果として成長が実現する、そんな因果になっています。

「戦略の主観性」
神戸大学の経済経営研究所の吉原秀樹先生は、戦略の本質を「『バカな』と『なるほど』」と表現されました。世の人々が「理」と思い込んでいつ通念や慣行に潜む嘘を見破ることこそ戦略の第一歩があるというわけです。
戦略の真髄は、見えないコンテクストの変化、すなわち「機」を読み取る心眼にあると言ってよいかと思います。主観に基づく特殊解、それが本当の戦略です。

1.「立地」
「立地」が悪ければ、他の努力がすべて水泡に帰する。
事業を構えるなら、需要があって、供給がすくない「立地」を選ぶ。(照準)

利益率の長期低落傾向が物語る「立地」の荒廃
企業の命運を分ける戦略に「立地替え」がある。

2.「構え」
立地に続いて思慮を要するのが、店の構えです。
立地に次ぐ準固定要素、それが構えの本質です。

「垂直統合」
アルフレッド・チャンドラー先生が、「組織は戦略に従う」という命題を打ち立てられたとき、戦略は三択問題と想定されました。
21世紀初頭のコンテキストを踏まえて言えば、
①経営資源を既存事業のグローバル展開に振り向けるのか、
②新規事業の創造による多角化に振り向けるのか、
③既存事業をベースとした垂直統合に振り向けるのか
そんな選択です。どれにも手をつけるのは戦力の分散を招きます。だから選択になるのです。

「地域展開」
事業の地理的な展開、すなわち日本だけで事業を営むのか、海外に出るならどんな形で出ていくのかの選択です。

3.均整
最終的な有効性は、やはりボトルネックで決まります。
いくら優れた立地を選んでも、いくら秀でた構えを作っても、他にシビアなボトルネックが存在すればすべては台無しです。その意味では、戦略はラインバランス、すなわち均整にあると心得るべきでしょう。

「戦略は人に宿る」
戦略とは、「本質的に不確定」な未来に立ち向かうための方策です。
予想外の新しい展開にリアルタイムでどう対処するのか、それが結果として戦略になる。これが私の暫定的な結論です。
人の対処の仕方には秩序があるのもです。判断のベースは異なる人の間ではバラバラであっても、個人の中においては比較的安定しています。
そういう人に固有な判断のベースは、
①観(K)   (世界観:歴史観:人間観:事業観)
②経験(K) (手口)
③度胸(D) (胆力)
だと捉えています。
事業を取り囲む今という時代をどう読むのか、それさえ定まれば、なすべきことは自ずと決まります。仮定は人によりけりでも、推論のプロセスを間違える人は少ないからです。その意味では、戦略の本質は「為す」ではなく、「読む」にあります。経営者の持つ時代認識こそ、戦略の根源をなすのです。

読書 池田 信夫 『イノベーションとは何か』

池田 信夫 『イノベーションとは何か』を読む。

”イノベーションとは何か”
池田 信夫著 『イノベーションとは何か』

「イノベーションとは何か」と題したビジネス書はたくさん出ているが、そのほとんどは過去の成功事例を列挙して結果論をのべたものだ。たとえば、「スティーブ・ジョブズは大好きなことをしたからイノベーションを実現した」という事実が正しいとしても、そこから「大好きなことをすれば常にイノベーションが実現できる」という法則は導けない。成功事例を事後的に説明することは容易だが、理論なしにデータをいくら集積しても、どうすれば成功するかは事前にわからないのだ。

イノベーションを理解するという目的にそって使うのが本書の特徴といえよう。本書の柱となる仮説を最初に列挙すると、以下のようなものだ。

1.技術革新はイノベーションの必要条件ではない:
すぐれた技術がだめな経営で成功することはまずないが、平凡な技術がすぐれた経営で成功することは多い。重要なのは技術ではなくビジネスモデルである。

2.イノベーションは新しいフレーミングである。:
マーケティングで顧客の要望を聞いても、イノベーションは生まれない。重要なのは仮説を立て、市場の見方(フレーミング)を変えることである。

3.どうすればイノベーションに成功するかわからないが、失敗には法則性がある。:
大企業が、役員の合意でイノベーションを生み出すことはできないし、特許のノルマでイノベーションが生まれることもない。

4.プラットホーム競争で勝つのは安くてよい商品とは限らない:
技術競争は、「標準化」ではなく進化的な生存競争だから、すぐれた規格が競争に勝つとは限らない。むしろ新しい「突然変異」を拡大する多数派工作が重要だ。

5.「ものづくり」にこだわる限り、イノベーションは生まれない:
特に情報産業の中心はソフトウェアであり、それは同じ製品を大量生産するものづくりではなく、ひとつの作品をつくるアートだから、要求されるスキルが製造とはまったく違う。

6.イノベーションにはオーナー企業が有利である:
事業部制のような複合型組織は、規模の経済の大きい製造業では有効だが、ソフトウェアを中心とする情報産業ではオーナー企業が有利である。

7.知的財産権の強化はイノベーションを阻害する:
特許や著作権がイノベーションに与える影響は、中立かマイナスという実証研究が多い。いま以上の権利強化は法務コストを増大させ、イノベーションを窒息させる。

8.銀行の融資によってイノベーションは生まれない:
ハイリスクの事業を行うには、株式などのエクイティによって資金調達する必要がある。銀行の融資や個人保証は危険である。

9.政府がイノベーションを生み出すことはできないが、阻害する効果は大きい:
政府はターゲッティング政策から手を引き、インフラ輸出などの重商主義的な政策もやめるべきだ。

10.過剰なコンセンサスを断ち切ることが重要だ:
イノベーションを高めるには、組織のガバナンスを改める必要がある。特に日本的コンセンサスを脱却し、突然変異を生み出すために、資本市場を利用して組織を再編することが役に立つ。

読書 山村 修 『<狐>が選んだ入門書』

山村 修 『<狐>が選んだ入門書』 ちくま文庫 を読む。

"狐が選んだ入門書"
狐が選んだ入門書

入門書こそ究極の読みものである。
私のいう入門書は、それ自体、一個の作品である。ある分野を学ぶための補助としてあるのではなく、その本そのものに、すでに一つの文章世界が自律的に開かれている。思いがけない発見にみち、読書のよろこびにみちている。私が究極の読みものというとき、それはそのような本を指しています。

第一章 言葉の居住まい
1.国語辞典に「黄金」を掘りあてる
武藤 康史 『国語辞典の名解釈』
2.敬語は日本語の肝どころ
菊地  康人 『敬語』
3.奈良の都に交わされる声をさぐる
橋本 進吉 『古代国語の音韻に就いて』
4.人生への問いと文章の書き方
里見 弴 『文章の話』
5.切れば血とユーモアの噴き出る文章術
堺 利彦 『文章速達法』

第二章 古典文芸の道しるべ
1.社会人に語りかける古典入門
藤井 貞和 『古典の読み方』
2.古歌を読む分析的知性の強力さ
萩原 朔太郎 『恋愛名歌集』
3.俳句を読み深めることのたのしさ
高浜 虚子 『俳句はかく解しかく味う』
4.現代詩をめぐる「楽しい遍歴」
三好 達治 『詩を読む人のために』
5.読むことのうれしさにみちた近代小説案内
窪田 空穂 『現代文の鑑賞と批評』

第三章 歴史への着地
1.歴史への抑えた怒り
エルンスト・H・ゴンブリッチ 『若い読者のための世界史』
2.歴史的想像力の剣さばき
岡田 英弘 『世界史の誕生 -モンゴルの発展と伝説』
3.ブルジョアの二面性を鮮明に照らす
遅塚 忠躬 『フランス革命 -歴史における劇薬』
4.「記者魂」の躍如としたジャパノロジー
内藤 湖南 『日本文化史研究』
5.歴史の直接的な肌ざわり
中村 稔 『私の昭和史』
第四章 思想史の組み立て
1.世相の向こうに「近代」の醜悪をあばく
金子 光晴 『絶望の精神史』
2.考えるべきことを考えよという指針
田川 建三 『キリスト教思想への招待』
3.思想史からの伝言
岩田 康夫 『ヨーロッパ思想入門』
4.本の「断片」を読みふかめる
内田 義彦 『社会認識の歩み』
5.アラビヤ語とイスラームとの切っても切れぬ関係
井筒 俊彦 『イスラーム生誕』

第五章 美術のインパルス
1.たっぷりとゆたかな「小著」
武者小路 穣 『改訂増補 日本美術史』
2.江戸絵画の見かたをかえる異色の水先案内
辻 惟雄 『奇想の系譜』
3.画家の身にひそむ思想の筋力
菊畑 茂久馬 『絵かきが語る近代美術』
4.「名画」という価値から解放された絵の見かた
若桑 みどり 『イメージを読む』
5.二十世紀絵画に「感覚の実現」を読む
前田 秀樹 『絵画の二十世紀』

私と<狐>と読書生活と -あとがきにかえて
世の職業人でいちばん自由に読書ができるのは、もしかすると、研究者でもなく、評論家でもなく、勤め人かも知れません。
時間は、与えられるものではありません。つくりだすものです。そして、本を読むくらいの時間は、意外につくりだすことができる。