読書 山村 修 『<狐>が選んだ入門書』

山村 修 『<狐>が選んだ入門書』 ちくま文庫 を読む。

"狐が選んだ入門書"
狐が選んだ入門書

入門書こそ究極の読みものである。
私のいう入門書は、それ自体、一個の作品である。ある分野を学ぶための補助としてあるのではなく、その本そのものに、すでに一つの文章世界が自律的に開かれている。思いがけない発見にみち、読書のよろこびにみちている。私が究極の読みものというとき、それはそのような本を指しています。

第一章 言葉の居住まい
1.国語辞典に「黄金」を掘りあてる
武藤 康史 『国語辞典の名解釈』
2.敬語は日本語の肝どころ
菊地  康人 『敬語』
3.奈良の都に交わされる声をさぐる
橋本 進吉 『古代国語の音韻に就いて』
4.人生への問いと文章の書き方
里見 弴 『文章の話』
5.切れば血とユーモアの噴き出る文章術
堺 利彦 『文章速達法』

第二章 古典文芸の道しるべ
1.社会人に語りかける古典入門
藤井 貞和 『古典の読み方』
2.古歌を読む分析的知性の強力さ
萩原 朔太郎 『恋愛名歌集』
3.俳句を読み深めることのたのしさ
高浜 虚子 『俳句はかく解しかく味う』
4.現代詩をめぐる「楽しい遍歴」
三好 達治 『詩を読む人のために』
5.読むことのうれしさにみちた近代小説案内
窪田 空穂 『現代文の鑑賞と批評』

第三章 歴史への着地
1.歴史への抑えた怒り
エルンスト・H・ゴンブリッチ 『若い読者のための世界史』
2.歴史的想像力の剣さばき
岡田 英弘 『世界史の誕生 -モンゴルの発展と伝説』
3.ブルジョアの二面性を鮮明に照らす
遅塚 忠躬 『フランス革命 -歴史における劇薬』
4.「記者魂」の躍如としたジャパノロジー
内藤 湖南 『日本文化史研究』
5.歴史の直接的な肌ざわり
中村 稔 『私の昭和史』
第四章 思想史の組み立て
1.世相の向こうに「近代」の醜悪をあばく
金子 光晴 『絶望の精神史』
2.考えるべきことを考えよという指針
田川 建三 『キリスト教思想への招待』
3.思想史からの伝言
岩田 康夫 『ヨーロッパ思想入門』
4.本の「断片」を読みふかめる
内田 義彦 『社会認識の歩み』
5.アラビヤ語とイスラームとの切っても切れぬ関係
井筒 俊彦 『イスラーム生誕』

第五章 美術のインパルス
1.たっぷりとゆたかな「小著」
武者小路 穣 『改訂増補 日本美術史』
2.江戸絵画の見かたをかえる異色の水先案内
辻 惟雄 『奇想の系譜』
3.画家の身にひそむ思想の筋力
菊畑 茂久馬 『絵かきが語る近代美術』
4.「名画」という価値から解放された絵の見かた
若桑 みどり 『イメージを読む』
5.二十世紀絵画に「感覚の実現」を読む
前田 秀樹 『絵画の二十世紀』

私と<狐>と読書生活と -あとがきにかえて
世の職業人でいちばん自由に読書ができるのは、もしかすると、研究者でもなく、評論家でもなく、勤め人かも知れません。
時間は、与えられるものではありません。つくりだすものです。そして、本を読むくらいの時間は、意外につくりだすことができる。

読書 福岡 伸一 『動的平衡2』

福岡 伸一 『動的平衡2』を読む。

「なぜ食べ続けなければならないか」
私たちは、なぜ食べ続けなければならないのか。それは生体内で絶え間ない分解と合成が繰り返されているためである。食物に含まれるタンパク質はアミノ酸に分解され、体内に吸収されると、一部はタンパク質に再合成されて筋肉や臓器などを作る。人体の構成成分のうち約20パーセントは20種類のアミノ酸が結合してできたタンパク質だ。人はアミノ酸を摂るために食べているのである。
体脂肪のようなエネルギーの貯蔵形態とは異なり、基本的に私たちはタンパク質を「貯める」ことができない。体を構成しているすべてのタンパク質は、高速度の分解にさらされている。だから、私たちは毎日、およそ60グラムのタンパク質を分解して体外に捨てて、毎日60グラム(乾燥重量)のタンパク質を食品として摂取し続けなければならない。
では、なぜ、体はタンパク質をタンパク質として吸収せず、わざわざ分解と合成を繰り返すのだろうか。それは、生命には「時間」があるからだ。いかなる生命も行きつく先は死である。しかし、分解と合成を繰り返し、自分の身体の傷んだ部分を壊しては作り直すことで、生命は一直線に死に向かうことに抵抗しているのである。

「生命は水でエントロピーを捨てている」
自然現象はすべてエントロピーが増大する方向へ、すなわち乱雑さが大きくなる方向へ進む。その中にあって、ひとり生命体だけが細胞を組織化し、エネルギーを産み出し、酸化されたものを還元し、傷ついたDNAを修復できる。つまりエントロピーの増大に抗して秩序を構築できる。
それは、流れる水が身体の内部に発生するエントロピー=乱雑さうぃ常に体外に排出してくれるからだ。それゆえに、私たちが健康でいるためには、この流れを絶やさないこと、すなわち水をたくさん摂取することが何にもまして重要となる。

生命体の流れの中からエントロピーを排出してくれるのは、腎臓である。腎臓ほど精妙にできた濾過装置もない。
腎臓は一度汚れた血液を全部捨ててしまうのだ。そののちに、細い管を通過するプロセスで必要なイオンや栄養分を選択的に再回収する。ここで回収されなかったものは尿となって排泄される。このようなシステムを用いれば、システム内部にゴミ=エントロピーが蓄積する心配がない。なんとクレバーなことだろう!

「常に分解していることの大切さ」
消化吸収においては、食物に含まれる栄養素の分子はいったん解体され、また体内で再合成される。食物はすべて他の植物や動物の一部であり、そこにはその生物固有の情報が含まれている。もし食物分子が、その持ち主の情報をもったまま私たちの体内に入ると、その情報と体内の情報系とのあいだで摩擦が生じる。これが拒絶反応やアレルギー反応である。

細胞はどのような事態にでも対応できるよう、ものすごいコストをかけて分解のための大きなキャパシティとバックアップシステムを用意している。平時であればムダなコストのようでも、長いスパンでみれば、いつ何が起きるかわからない状況に備えて、その仕組みが準備されている。
秩序を長期にわたって維持するためには「なくす/元に戻す/守る」の要素、つまりゼロテクノロジーに十分な余裕が必要なのである。

「細胞は相互補完的に役割を決める」
細胞たちはお互いのコミュニケーションを通して、相互補完的に自分の役割を決めていくのである。
それに応じて、DNAの中から専門化に必要な情報を読み出し、細胞はそれぞれの分化を進めていく。細胞のコミュニケーションは、バーチャルなものではなく、どこまでもリアルなものである。細胞はお互いに接触し、分子を交換し合う。文字通り、フェース・ツゥ・フェイス。
自分のあり方は関係性に依存する。それゆえに、生命は柔軟で可変的であり、また適応的なのだ。

 

読書 福岡 伸一著 『生物と無生物のあいだ』

福岡 伸一著 『生物と無生物のあいだ』を読む。

ルドルフ・シェーンハイマー
「身体構成成分の動的な状態(The dynamic state of body constituents)」
「生物が生きているかぎり、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質もともに変化して止まない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。」

 

 

読書 福岡 伸一著 『動的平衡』

福岡 伸一 『動的平衡』を読む。

生体を構成している分子はすべて高速で分解され食物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作りかえられ、更新され続けているのである。

だから私たちの身体の分子的実体としては、数か月前の自分とは全く別物になっている。分子は環境からやってきて、一時淀みとして私たちを作り出し次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていく。

シェーン・ハイマー
「生命の特異的なありようを「ダイナミック・ステイト(動的な状態)」と表現した。

福岡 伸一
「生命とは、動的平衡にあるシステムである。」

可変的でサスティナブルを特徴とする生命というシステムは、その物質的構造基盤、つまり構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」であるということだ。生命現象とは「構造」ではなく「効果」なのである。
サスティナブルなものは常に動いている。その動きは「流れ」もしくは環境との循環の輪に中にある。サスティナブルは、流れながらも環境との間に一定の動的平衡状態を保っている。サスティナブルであることは、何か物質的・制度的に保存したり、死守したりすることではないことがおのずと知れる。
サスティナブルなものは一見不変のように見えて実は常に動きながら平衡を保ちかつわずかながら変化し続けている。その軌跡と運動のあり方をずっと後にになって「進化」と呼べることに私たちが気づくのだ。

「エントロピー増大の法則」
時間を戻すこと、つまり自然界の事物の流れを逆転することは決してできないという事実。

「生命の準備」
エントロピー増大の法則に先回りして、自らを壊しそして再構築するという自転車操業的なあり方、つまり「動的平衡」という準備をした。
しかし、長い間、「エントロピー増大の法則」と追いかけっこしているうちに少しずつ分子レベルで損傷が蓄積し、やがてエントロピー増大に追い抜かれてしまう。つまり、秩序が保てない時が必ず来る。それが個体の死である。
ただ、その時には、既に自転車操業は次の世代にバトンタッチされ全体としての生命は続く。
個体が死ぬというのは、本質的には利他的なあり方である。致命的な秩序の崩壊が起きる前に秩序は別の個体に移行しリセットされる。

「生きている」とは、「動的平衡」によって「エントロピー増大の法則」と折り合いをつけていることであり、換言すれば、時間の流れにいたずらに抗するのではなく、それを受け入れながら共存する方法を採用している。