読書 塩野七生『海の都の物語』 中央公論社 

塩野七生 著 『海の都の物語』 を読む。

第二話 海へ

”海の都の物語”
海の都の物語

中世の地中海交易が扱った商品といえば、香料を中心とした奢侈品であると思っている人は多いであろう。たしかにこれらの品は、ヴェネツィア商人が商った、典型的な品ではあった。しかし、奢侈品は、絶対に必要な品ではない。そして商売というものは、買い手が絶対に必要とする品を売ることからはじまるものである。買い手に買いたい気持ちを起こさせるような品を売りつけるのは、その後にくる話だ。

海洋貿易時代になると、主要商品が奴隷と木材に代わる。いづれも、ヴェネツィア商人の得意先であるアフリカの回教徒たちが、ぜひとも欲しいと望む品
であった。
キリスト教によって、奴隷制度は完全に廃止されたわけではない。キリスト教徒を奴隷として売り買いすることは禁じられてはいたが、キリスト教徒からみて、異教徒や、また単に不信の徒とされた人々、つまり、いまだにキリスト教化されていない人々の場合は、認められていたのである。
カトリック教会がそれを正当化するためにあげた理由とは、肉体を束縛することは精神の救済に役立つ、というものであった。この理由によって奴隷として売り買いしてかまわない人々には、異教徒である回教徒はもちろんのこと、同じキリスト教徒でもカトリック教徒以外の人々まで含まれるわけで、ローマン・カトリックから異端とされていたギリシャ正教を信じるカトリック教徒も、この分類に入ることになるのである。しかし、最大の奴隷”資源”の産地は、いまだキリスト教化されていない地方であった。6世紀頃はアングロ・サクソン人が、9、10世紀には入ると東欧のスラブ民族が、奴隷市場で売られる主要な民族であった。

それにしても、中世の奴隷は、ヨーロッパからアフリカへ流れていたのである。

奴隷の買い手は、アフリカのサラセン人が主要な客であった。ハレムにも売られたが、回教徒の軍隊を補強するのに、その大部分が使われたのである。

奴隷と並ぶヴェネツィアの二大商品のもう一つは、木材であった。これまた上得意は、アフリカの回教徒である。地中海地方は、長い間の手入れの悪さのために、木材がひどく欠乏していた。一方、ヴェネツィアの背後には、多量の木材の供給地が控えている。ヴェネツィアが造船業の先進国になれたのは、近くに安くて質の良い木材の供給地を持っていたからだと言われるほどであった。

北アフリカの回教徒に奴隷と木材を売り、金や銀で支払いを受けたヴェネツィア商人は、その”外貨”を持ってコンスタンティノープルへ行く。そして、そこで、必要不可欠な品ではないが西ヨーロッパ人が最も欲しがる、奢侈品を買い求めるのである。香料とか布地とか、金銀の細工品から宝石も。これらを積んでコンスタンティノープルを発ち、ヴェネツィアへ戻るのが、ヴェネツィア商人の主な交易路であった。商品を持ってヴェネツィアに着けば、ヨーロッパ各地から集まった商人たちが待っていて、荷をほどく間も惜しいように、またたくまに売れていくのである。

ヴェネツィア人は、彼らの力の基盤は船であることを熟知していた。いかなるヴェネツィア人も、老朽船でないかぎり、外国人に船を売ることは禁じられていたし、ヴェネツィア人が船を購入する時はヴェネツィア国内で造られた船を買わねばならないと、法律によって決められていた。
材料は売っても、完成品は売らなかったのである。

第四話

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