博報堂ブランドデザイン 『「応援したくなる企業」の時代 マーケティングが通じなくなった生活者とどうつきあうか』 を読む

はじめに-ブランディングという仕事を通じて見えてきたもの
私がリーダーを務めている「博報堂ブランドデザイン」は、ひとことでいえば、ブランド企画やコンサルテーションを主要業務とした専門チームである。
チームの業務内容を人に説明するときは、やや乱暴であるが、「ブランドとは、商品や企業、組織の”らしさ”である」といいかえるようにしている。つまり「さまざまな商品や企業、組織の”らしさ”をつくるために、なにをしたらいいのかと企画を考えたり、コンサルティングをしたりする」のが、仕事である。
第0章 ”買わない”のは本当に不景気のせいか
私はこの「つぎの時代の企業像」を読み解くカギは、「正、反、合」という、いわゆる弁証法的な思考法にあると考えている。
ある命題を「正」(=テーゼ)として、それに矛盾する、あるいは否定する反対の命題を「反」(=アンチテーゼ)、それらを本質的に統合した命題を「合」(=ジンテーゼ)とする概念から櫛絵される。
わかりやすくいうと、ある意見(正)に対して反対の意見(反)がある場合、どちらか一方の意見を選ぶのではなく、2つの矛盾した意見をうまく解決して高めた第3の意見(合)に昇華していくという考え方だ。一般的な弁証法では、これを止揚(アウフヘーベン)と呼ぶ。
いま社会で潜在的に求められているのは持続的な幸福なのである。幸福という意味の英語としてよく用いられるのは、「happiness」と「well-being」の2種類の単語だが、これからの時代により求められるのは、「happiness」ではなく、「well-being」であろう。「よりよく生きる」「満足がつづく」という意味合いだ。本書ではあえて「幸福」といわず、「しあわせ」という言葉を使う。
これからは、どうしたら社会が「しあわせ」になるかを考え、独自のやり方で、それを提供しようとする高い”志”が企業に求められる時代になる。そして、そういう姿勢をもった企業こそが生活者の共感を獲得し、長く生き残っていくことになるのではないか。
生活者が自分たちの「しあわせ」を真摯に考えてくれるとして信頼し、支持したくなる企業、つまり、「応援する価値がある」と認められた企業が、社会に必要とされるのである。
第1章 「ターゲットにモノを売る」というまちがい -「ターゲット発想」から「コミュニティ発想」へ-
顧客は大切にすべき仲間であっても、けっして攻撃対象ではないはずだ。にもかかわらず、ビジネス界には暗黙のうちに「ターゲット」や「戦略」という軍事用語が氾濫している。こうした背景には、企業と生活者はある種の対立概念であり、生活者は攻略すべきものだという暗黙の不可思議前提が潜んでいる。
マルチステークホルダー発想のもとで、広範なパートナーシップをベースに知恵を結集させながら未来を描いていく必要がある。つまり、生活者ともコミュニティ、ステークホルダーともコミュニティ、である。そこで求められるのは「モノを売る」という発想から「仲間を広げていく」という発想への転換だ。
コミュニティ発想への転換と実現は、そう簡単なことではない。しかし、その第一歩として、まず「ターゲット」や「戦略」といった軍事用語の使用をやめることからはじめてみてはどうだろうか。ターゲットのかわりに「ファン」、セグメントの代わりに「コミュニティグループ」という言葉を使うだけでも、ビジネスに取り組み姿勢は変わるはずだ。
第2章 「差別化のポイントはどこ?」という不見識 -「シェアアプローチ」から「新市場創造アプローチ」へ-
既存のフレームのなかで競合企業から市場を奪う取り組みは「シェア拡大アプローチ」と呼ばれる。これに対して、既存の市場そのものを拡大し、結果的に売り上げを向上させる取り組みは、「パイ拡大アプローチ」と呼ばれている。長らく企業は、この「シェアか、パイか」という二元論的な選択肢のなかでしのぎを削り合いながら成長してきた。しかし、市場が縮小しただけでなく、今後の拡大が期待薄になったいま、もはやどちらかを選択することによって事態を好転させるのは難しい。これからの「合」の時代には、市場そのものや業界そのもののポジションをずらし、越境し、新しい海を見つける必要があるのだ。それが、「新市場創造アプローチ」である。
新市場の創造には、たしかにリスクを伴う、しかし、同質化しつつある既存市場にしがみつき続けるのも、また同じように大きなリスクがある。差異の小さな差別化競争を繰り広げているところに、他社から市場創造型アプローチによる新たな価値が持ち込まれると、生活者の関心は一気にそこに向かう。そうなると、差別化競争を繰り広げている企業は、のきなみ危機的な状態に陥ってしまいかねないのだ。
”ブルーオーシャン”を望むのなら、既存業界の通例にとらわれずに、むしろ全く異なる他業界を参照しながら、みずからの業界の慣習や前提を破り、新しいフレームを再構築する力が求められる。
アイデアとはまったく無から生まれるものではなく、既存の要素の新しい組み合わせ以外のなにものでもない、といわれる。優れたアイデアとは、ほかの人が気づかないような「すぐれた組み合わせの妙」だと考える。
企業はもっともっと模倣すべきなのだ。ただし、まったく異なる業界のことを。
第3章 「ニーズはなんだ?」と問うあやまち -「ベネフィット訴求型」から「スピリッツ共感型」へ-
いま注目されているのが、ニーズに応えることで支持を集めようとする従来的なアプローチではなく、生活者が企業やブランドの側にみずから歩み寄ってくるような関係の構築である。
そこで求められるのは、競合企業の動向に敏感に反応することでもなければ、生活者のニーズにだけ耳を傾けて改善をはかることでもない。進むべき方向性を表す企業の「ビジョン」を示すことが不可欠であり、その企業ならではの信念や理念に基づいた「絶対アプローチ」が必要だ。ここでいう「ビジョン」とは、企業が一丸となって取り組む理念や哲学のことである。「こうなりたい」という理想像だ。
モノをつくる企業はもちろんのこと、サービスを提供する企業もまた、こうしたビジョンがあるからこそ、競合企業に惑わされることなく、独自の絶対価値を打ち出すことができる。
企業が明確な将来像を思い描きながら、ビジネスを進めていこうとする考え方を「ビジョン型」とするなら、強い理念や思い、信条をもって共感を集め、ファンを獲得していく企業や商品の考え方は「スピリッツ共感型」と定義できる。「ビジョン」が明確な将来像があるのに対して、「スピリッツ」には、それに信念や哲学、信条などの”思い”が加わっている。
第4章 「勘でものいうな」がもたらす損失 -「論理、言語重視」から「文脈、非言語重視」へ-
数字は「測定できるもの」しか表せない
日本のビジネスの現場で数字を偏重する傾向が強いのは、高度経済成長期に、市場の変動や自社の成長を共有するために、数字によってわかりやすく単純化する必然性があったからだといわれている。
だが、問題はそこからそぎ落されてしまうものにある。数字には、測定できるものしか表現されない。そのため、扱いやすくなるものの、視点が一面的になってしまいがちなのである。さらには、わかりやすくする目的でもちいられる数字は、市場の状況がシンプルであるときは機能するが、市場が複雑になってくると効果が薄れてしまいやすい。
ビジネスにおいて言語は絶対だと思われがちだが、言語化されたものがすべてではないし、言語化されたものを理解すれば、それだけで適切に理解できるとも限らないのである。
グループインタビューや調査データから、うまく生活者の要望をくみ取れない理由のひとつもここにある。直接ニーズを問いかけたところで、生活者は自分が感じていることのごく一部しか言語化できないし、それをデータとしてさらに単純化すれば、実像から大きくかけ離れてしまう可能性はさらに高まる。非言語領域にあるものをくみ取るのは容易ではない。だからこそ、モノをつくったり、サービスを考案したりするときには、数字や言語を超えたところにある勘に注目してみる必要があるのだ。
20世紀に活躍した哲学者のマイケル・ポランニー氏は、「私たちは言葉にできるより多くのことを知っている。」と指摘し、経験に基づく身体的な感覚や、言葉には表せないが確かに存在する知識を「暗黙知」として提唱している。
第5章 「どんなアウトプットが得られるんだ?」と問う不利益 -「ソリッドプロセス」から「フレキシブルプロセス」へ-
これまでのビジネスプロジェクトの多くは、「事前に下調べをして綿密な計画を立てておく」ようなアプローチで進められてきた。
立ち上げの段階では市場の状況について綿密な調査が行われ、可能なかぎり精緻にゴールイメージが描き出される。そして、それを最短かつ低コストで成し遂げるために必要なワークプロセスを設定し、いざ実行するとなれば、とにかく効率的に進めていくというやり方がなされてきたのである。
こうした物事の進め方を「固い」「確実」という意味で「ソリッドプロセス」と呼んでおく。
しかし、つくるべきものがはっきりしている際のプロジェクトプロセスと、モノやサービスを考えながら、これから生み出していこうとする際のプロジェクトプロセスは必ずしも一致しない。ソリッドプロセスアプローチで成果を上げることができるのは、達成すべき目標がはっきりしているときだ。
いま私たちが直面しているような、生活者が「なにが欲しいのか」を自覚でいてはいない状況では、同じアプローチは通用しない。求められているものが「わからない」以上、そもそも実現すべきゴールを設定することができないからだ。
また、イノベーティブなアイデアは、論理を着実に積み上げれば生まれるという性質のものではない。発想に飛躍を生み出すためには、どうしてもある種の偶発的な要因を取り込む必要がある。
つまり、いまプロセスに求められているのは、「なりゆきに身をまかせる」ビジネスの進め方なのである。
事前にプロセスを厳格に定めておく「ソリッドプロセス」の対極として、「なりゆきに身をまかせる」物事の進め方を、「フレキシブルプロセス」とよんでしる。最終的なアウトプット像や、それが生み出されるプロセスに対する考え方をできるだけ柔軟に保ちつつ、真に生活者に必要とされるもの、効果を生み出せるものをつくっていこう、そこに近づけていこうとするアプローチの仕方だ。
平たくいえば、”とろあえず”プロジェクトをスタートさせてみて、あとは市場の反応などを参考にしながら、より高い効果を生み出せるように工夫を重ねていくのである。
不完全でも目に見えるかたちを提示して考えていくという「プロトタイプ発想を重視する。」
企業が新たにモノやサービスを開発する際には、作るべきものがあらかじめ明確になっているときに効力を発揮する「ソリッドプロセス」を、必ずしも用いなければならないわけではない。むしろ、より柔軟なフレキシブルプロセスを踏むことで、行きつ戻りつしながら、結果的に事前に想像もしなかったような新しいアイデアが生み出されることを目指した方がいい。
そして、柔軟な開発プロセスを踏める企業は、サービス自体も柔軟なかたちで提供することができる可能性がある。完成度を高めた商品を満を持して登場させ、生活者が飽きたら、また別の商品を出していくという従来のモデルチェンジ発想ではなく、ある程度かたちができた時点でまず世の中に出してみて、生活者の意見を取り入れながら、積極的に改善や工夫、アップデートをおこなっていく、その方が本当の意味で生活者の「しあわせ」につながるサービスが提供できるはずだ。
決められた時間のなかで、効率的に、無駄なく、リスクなく、という発想ではなく、効果を最大化するために時間をもっと柔軟に使い、生活者とともにモノを改良していく。そんなフレキシブルプロセスこそが、「合」の時代には求められているのである。
第6章 「下から意見が出ない」という勘違い -「管理型組織」から「共創型組織」へ-
いまのこの経済状況にもっともうまく対応できるのは、伝統的なトップダウン型でもなく、かといってボトムアップ型でもない「合」の位置にあるハイブリッド型の組織なのである。
この第3の組織形態として、注目されているのが、「共創型組織」だ。
事業やプロジェクト、あるいは日常の業務に対して、メンバーがフラットに関わる体制が特徴的で、意見のまとめ役としてのリーダーがいることはあるが、基本的に上下関係はない。各スタッフが必要に応じて臨機応変につながることから、いわゆるピラミッド型の人事構造と比較して、「アメーバ型」「ネットワーク型」と呼ばれることもある。
最大の効果は、メンバー一人ひとりの多様な知恵と経験が共有され、掛け合わされて、ダイナミックな成果を生み出せることだろう。人数をかけたことによる単なる足し算ではなく、どちらかといえば掛け算のように成果が飛躍的に増大していく。個人の能力の総和を上回る力を発揮できるのである。
第7章 「仕事にプライベートをもち込むな」という非常識 -「公私分離」から「公私混同」へ-
趣味をそのまま仕事にするのは、簡単なことではない。
この視点から、私たちのチームで導入しているのが、「6・2・2ルール」である。「6・2・2」は、6割、2割、2割の意味で、メンバーが取り組む仕事の配分を示している。それぞれの内容はというと、全体の6割は、チーム本来の業務にあてる、次の2割は、自分が興味をもっているテーマをビジネス化する取り組みにあてる。そして、最後の2割は、データベース作成やチーム内イベントの幹事といった、チーム維持のために費やす。
このうち、メンバーの「私」の部分の取り組みに寄与するのは、真ん中の「2」だ。自分が興味をもっていることを探究し、そのビジネス化をはかるのである。
2割という割合は、数字だけを見ると少ないとの印象を受けるかも知れないが、実際には、このなかでビジネス化に取り組み、プロジェクトとして成立したものは、つぎの瞬間から、チーム本来の業務である6割に組み込まれる。これを繰り返していけば、自分の趣味をベースに取り組む業務の率が増していく。
こうしてオフィシャルに”公私混同”の目安を提示すると、メンバーも思い切って「私」の部分を交えやすくなる。その結果、イノベーティブなアイデアが生まれやすくなり、ビジネスが外に向かって発展する「遠心力」が高まる。
ただし、「遠心力」だけでは、どうしてもチームとしてのまとまりを欠いてしまう。逆の方向の力、つまり内側に向かって働く「求心力」も必要だ。そこで最後の2割では、あえてチームのために時間や労力を割くよう求めているのだ。
ここまでビジネスにおける「公私混同」の重要性について説明してきたが、「公」はともかくとして、交える「私」は、時代と共に変化している。
最大の違いは、多様性にある。高度成長期は、みなが同じ方向を向く「住人一色」の時代だった。それが時代が進むにつれて、個々人の多様性を重視する「十人十色」となり、これからは「一人十色」といってもいいほどに、それぞれの個人のなかに多様な個人が同居している時代になるのだ。
個人が持つ多様性については、その多様さゆえにマーケティングアプローチの難しさが指摘されている。しかし、「私」を交えることができれば、多彩さのプラスの面を、ビジネスの中に無理なくインテグレートできる可能性がある。そして、それは企業という閉ざされた枠を脱し、広く生活者の感覚を取り入れることでもある。
すなわち、ビジネス的価値観と生活者的価値観の一致をはかることができるようになるのだ。「公私混同」には、そういう意味合いも含まれている。
第8章 「応援したくなる企業」の時代
前提やフレームから自由になることの重要性は、いま組織開発の世界でも注目されている「U理論」でも強調されている。
具体的には、つぎの7つのプロセスからなる。
1.ダウンローディング(過去情報の収集をやめる)
2.シーイング(現場で見る、見つめる)
3.センシング(五感で感じる)
4.プレゼンシング(深く潜り、外と内の世界が一体化する)
5.クリスタライジング(結晶化、インスピレーションが導かれる)
6.プロトタイピング(原型をつくる、とりあえずつくってみる)
7.パフォーミング(大きく展開する)
「新三方よし」
「自分よし、周囲よし、将来よし」が、今後、企業が心得るべき「新三方よし」である。
生活者にしてみれば、この「新三方よし」が実践できている企業は、自分にとってもありがたいパートナーであり、社会にとっても必要な存在である。そうなれば、単純に支持するだけでなく、ぜひその企業には発展を遂げてほしいと望むようになる。だからこそ「応援したい」と思い始めるのである。